東洋製罐グループは、創業以来100年以上にわたり、金属・プラスチック・紙・ガラスなど、素材それぞれの特徴を活かした容器を、時代やくらしの変化に合わせて世の中に送り出してきた会社です。私たちが生み出した容器の中には、日本初や世界初の製品も数多くあります。包装容器事業を中心に、容器づくりから拡がったエンジニアリング・充填・物流事業や鋼板関連事業、機能材料関連事業も展開し、飲料・食品、生活用品メーカーをはじめとする幅広いお客様に製品をお届けしています。
東洋製罐グループは、創業以来100年以上にわたり、金属・プラスチック・紙・ガラスなど、素材それぞれの特徴を活かした容器を、時代やくらしの変化に合わせて世の中に送り出してきた会社です。私たちが生み出した容器の中には、日本初や世界初の製品も数多くあります。包装容器事業を中心に、容器づくりから拡がったエンジニアリング・充填・物流事業や鋼板関連事業、機能材料関連事業も展開し、飲料・食品、生活用品メーカーをはじめとする幅広いお客様に製品をお届けしています。
さまざまな素材を用い、飲料・食品・生活用品という多様な用途に合わせた最適な形状や機能を開発し続けています。また、環境課題の解決や資源を有効に活用する方法など、未来に向けた製品の開発にも取り組んでいます。そのために、製品設計の段階からリサイクルを考えた技術開発や、多くの人が使いやすいと感じる製品開発も進めています。今後も時代に求められる製品を開発し、東洋製罐グループの技術を活かした製品やサービスを提供し、社会課題の解決に取り組んでいきます。
Q.缶やガラスびんができるきっかけをつくった国は?
A.200年くらい前のフランスが発祥!?

ガラスびん自体は、紀元前1500年ごろ、エジプトや西アジアでつくられました。そして、フランスのアペールさんという人が、200年くらい前にガラス瓶につめて、食べ物を長く保存する方法を発明しました。フランス皇帝のナポレオンが、「兵士のために、食べ物を保存できる方法を考えてくれた人に賞金をあげます」って言ったのがきっかけです。その時に発明された、空気を入れないようにびんに中身をいれて、熱で殺菌するっていう方法は、今でも使われています。
Q.昔の缶詰はどうやってつくっていたの?
A.昔の日本では全て手作業で詰めていた!

自動製缶機が導入される以前の日本では、中身を詰める「缶詰会社」の職人が容器である缶自体もつくっていました。手作業でつくっていたため、一人が1日につくれる数は150缶程度がやっとでした。東洋製罐の創立者である高碕達之助は、アメリカの缶詰事業はどうなっているのか視察したところ、機械で缶をつくてっており、1分間に75缶というスピードでした。高碕達之助は、日本の産業を発展させるため「缶詰に中身を詰めて売る会社」と「容器である缶をつくる会社」を分け、機械化するべきだと考え、1917年に日本で初めての容器専門会社である東洋製罐を立ち上げ、アメリカ製の自動製缶機を導入しました。
| 会社名 | 東洋製罐グループホールディングス株式会社 |
|---|---|
| 英語名 | Toyo Seikan Group Holdings, Ltd. |
| 業種 | 金属製品 |
| 設立年 | 1917 |
| 本社 | 東京都 |
| URL | https://www.tskg-hd.com/ |